4月1日、新元号が発表されました。

夜、お風呂に入ろうと服を脱いだ時、
「あ、そういえば……」
と、右腰を凝視しました。

そこには小さくなりすぎて良く見ないと気付けないぐらいの小さな傷跡が。
これは昭和生まれの私が昭和の時代に負った傷。

友人と遊んでいた時、家と家の間の細い路地を通った時に、柵の隙間から大きな犬が私の腰に噛み付きました。

時代が昭和なので、父も母も唾を付けとけば治る。そんなとこを歩いたあんたが悪い。と、ろくな治療も受けさせてもらえなかった記憶があります。

今時の子がそうなればちょっとした事件になりそうですね。
慰謝料だ、治療費だ、下手をするとその犬を処分しないと許さない、ということにも発展します。

話は昭和に戻りますが、私はオールウェイズ三丁目の夕陽という映画が大好きです。私が小さい頃はあの映画の時代とはまた違いますが、似たようなところはありました。

父の仕事仲間を呼んで毎日のように家で酒盛りをする。母が食事を作る。
テーブルではなくちゃぶ台。ちゃぶ台の上に大量に開けられたビールの2ℓ缶。
私は父の友人の膝で遊び、そのまま眠る。

動物に関しても昭和の時代の風景が確かに存在してました。
ボスと呼ばれる野良犬がいました。
学校帰りに恐る恐る歩きながら友人とボスがいないか確認し合っていました。
「あかん!ボスや!」
見つけた途端大慌てで逃げ、友人宅へ避難。
母に迎えに来てもらっていた事を鮮明に覚えています。
犬の怖さを知ることができました。

子犬も色々なところにいました。
友人たちと作った秘密基地。給食のパンを秘密基地で子犬に食べさせる日々。
帰ろうとしたらどこまでもついてくる。家に連れて帰れば母に元の場所に戻すように言われる。雨の日ずぶ濡れになりながら秘密基地にかけ込んだ私は、犬の香ばしい匂い、犬の暖かさ、命の暖かさを知ることができました。

犬に噛まれれば怪我をする。
犬は強く怖い。
犬は健気で寂しがりで暖かい。

ここまで管理が行き届いていない時代だったから得られたことです。
動物は言葉が通じないけど全身を使ってたくさんの事を教えてくれます。

狂犬病発生を防ぐため野良犬は捕まり保健所に行きます。
今では街中で野良犬に遭遇することなんてほとんどありません。

人を殺す人は、動物を先に殺しているケースがあります。
動物の暖かさを知っている人が動物を虐待し殺すことができるでしょうか?

狂犬病で死ぬ人はいないかもしれません。
しかしそれを予防したばかりに死んでいる人、死んでいる動物はいるのではないでしょうか?

野良犬野良猫が闊歩していた時代を知っている人からすると今の風景は少し怖い。異常のような気もする。

殺処分をやめよう!
じゃあ人が狂犬病で死ぬかもしれないけどいいの!?

問題はここです。
殺処分なくなればいいのに……と思ってくださる暖かい方はたくさんいます。
じゃあなぜ殺処分しないといけないかを知っている人はまだまだ少ない。

どうすれば殺処分が無くせるか?の問いに
明確に答えられる人が少ない。

人が狂犬病に掛かってもいいじゃない!
これは動物にバランスが偏っている人の意見。
自分の子供が犬に噛まれ狂犬病に掛かったとなればどういう気持ちでしょうか?

人にも動物にも優しい世界の実現が私たちの目指すところです。

今、時代は動物に触れるどころか人と人との摩擦すら無くなってきています。
飲食店の電子メニュー。人件費を抑え今の時代の人のニーズに合っている画期的なシステムです。

大将!この煮物めちゃくちゃ美味しいですわ!!
いつもおおきに!また来てよ!!
このやりとりがあまりにもない。すごくさみしい感じになります。

SNSの普及もそう。文章で見ることと会って聞くとでは全然違います。
かくいう私も今、ホームページのブログの書いています。
顔の見えないところで。

だからこそ日々の街頭広報活動をやり続けますし、声を出して直に伝え続ける覚悟です。

話があっち行きこっち行きしましたがひっくるめると令和の時代、どういう時代にするかは私たち次第ということです。少しでの行動でも意味がある。

楽しかった!と言える時代に!していきましょう!