【蝉物語】

「おうセミ太、今日も掘ってるねぇ」

話しかけられたセミ太は言葉通り掘っていた。

「ったく、何だよ?無視かよ……虫だけにっ」

セミ助はどうだ!? と言わんばかりにフン!フン!と鼻を鳴らした。

「あいにく僕はキミみたいに暇じゃないんでね」

「あ?なんだぁ?お前まだあんな伝説信じてんのかよ?」

セミ界には今なお語り継がれる伝説がある。

何年も土を掘り続けていると、地上と呼ばれる場所に出てさらに進むと地上よりさらに高く広い空へと辿り着く。辿り着いたものはこの世界を自由に飛ぶことのできる羽を手に入れるだろう。

「ああ、僕は絶対【羽付き】になってみせる!!」

カッと目を見開いたセミ太にセミ助はやれやれとため息混じりに応える。

「だからあんなの御伽話だって〜」

「御伽話? じゃあなぜセミ助は毎日掘り続けている僕を追いかけてくるんだい?

それはキミも伝説を信じているからなんじゃないのかい?」

「そ……それはだなぁ、俺はお前を心配してだなぁ! だって俺たちが掘り続けてきてもう7年目だぜ!? あるかもわからない空を目指すなんて馬鹿げてる!」

「ふふ、セミ助? 正直羽付きになれるかどうかはわからない、でも空は間違いなくあるよ」

「なんだよ?まるで見たことでもあるかのように言いやがって」

「セミ助。キミは覚えてないだけなんだ。僕たちが生まれたあのふわふわの落ち葉こそ地上。そしてその上を覆っていた青い壁こそ空なんだよ! 生まれたばかりの僕たちは何故か土の中に潜っていってしまったんだ」

「はぁ、そんな生まれたばかりのことなんて覚えてねーつーの!」

黙々と掘り続けるセミ太に続いてセミ助は愚痴をこぼしながらもついていくのであった。





セミ太とセミ助は今日も掘っていた。

掘って道となった土の壁から、細く蠢く紐のような生物が顔を出した。

「あっ! ミミ美おばさん!」

ミミズのミミ美である。

「あなた達、これ以上進むのは危険よ!」

「おばさん?どうして危険なんだい?」

セミ太は掘るのをやめ、ミミ美に問いかけた。

「今地上では大量に水が降っているの。あなた達セミは水に飲み込まれると死んでしまうわ」

セミ助は驚く。

「地上!? ミミ美の姉御! 今地上っつたよな!? 地上は本当にあるのか!?」

ミミ美もまたセミ助の発言に驚いた。

「え? まさかあなたそんなことも知らないで土を掘っていたの!?

ま、まぁちょうどいいわ。あなた達? よく聞きなさい」

セミ太とセミ助はゴクリと固唾をのみ頷いた。

「もう少し掘り進めると、地上に出るわ。でも今はダメ。ほら、ザーザーって聞こえるでしょう? これは水が土に当たる音よ。今出ると溺れちゃうわ。それに地上で危ないのは水だけじゃないの。地上に出て進む方向を間違えるとアスファルトと呼ばれる硬い土の上に出ることがあるの。このアスファルトに万が一出てしまえば私たちよりも遥かに大きな生物に踏み付けられてしまうわ。そうなれば終わりよ。でもね? いい? 大事なのはここから。

 地上に出たらまず木を探しなさい。今までも進んでいる最中に木の根が道を邪魔したはずよ? その根を辿っていくと木が空に向かって生えてるわ。その木に登るの」

「わかった。木に登るんだね」

「待って、木に登ると言っても登るのは暗い時にしなさい」

「暗い?」

「土の中はずっと暗いけど、地上には明るくなる時があるの。明るくなれば世界が鮮明に見えるのよ」

「なんだかよくわからねえが、土の中と同じように暗い時に木に登ればいいんだな!明るい的に登っちゃダメな理由でもあるのかい?」

「明るい時は絶対ダメ。空の覇者がすぐさま襲いかかってくるわ。食べられてイチコロよ」

びちゃびちゃーーー。

セミ助は漏らした。

「セミ助。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。ミミ美さんの言うことを守って行動しよう」

「今日はこれ以上進んでも水があるからダメ。しばらくここで休んでいきなさい」

そういうとミミ美はセミ太、セミ助を抱きしめた。

もとい絡みついた。

3匹はひとかたまりとなって眠った。

「どうかあなた達に虫神さまの御加護があらんことを…」




その時は突然に訪れた。

「セミ太! セミ助! 起きなさい!!!」

「「!!!!」」

ミミ美の鬼気迫る声に2匹は飛び起きた。

土の中をドドドドと凄まじい地鳴りが響く。

ミミ美が叫ぶ。

「モグラよ!!!!」

モグラはセミ太達が掘ってきた穴から物凄いスピードで迫ってきていた。

3匹は先へと掘り進めるがこのままではすぐに追いつかれてしまう。

「くっ、このままじゃ!」

ミミ美は歯を食いしばる。

セミ太は振り返り叫ぶ。

「ミミ美さん! 何してるの!? 早く!!」

ミミ美は先を進むセミ太達に背を向けていた。

「あなた達!!振り返らずに行きなさい!! ここは私がなんとかする!」

「ダメだ!!姉御!! モグラに勝てるわけがねぇーーー!!」

「いいから! このままじゃどっちみち全員モグラの食糧よ! せめてあなた達でもいきなさい!! そして、立派な羽付きになりなさい!!!」

「ミミ美おばさーーーん!!!」

セミ太が叫ぶ。

「セミ助! 離せ!! ミミ美おばさんが!!!」

セミ助は暴れるセミ太を背負いグングンと掘り進める。

「うるせぇ!! 姉御の覚悟を無駄にすんじゃねぇ!! 特にお前は立派な羽付きになるんだろーがっ!!」



ミミ美が食い止めてくれたおかげで一時は地鳴りが遠のいたが、微かにモグラが迫る気配があった。

「ちくしょう! もう追ってきてやがるぜ!」

その時、『ガキンっ』と静かなはずの土の中に高い音が響いた。

休む間も無く掘り続けたセミ太は爪に残る衝撃の正体を呟く。

「なんてこった。岩だ」

「セミ助、もういい。今まで僕のわがままに付き合ってくれてありがとう。キミは逃げてくれ」

「馬鹿野郎、俺は勝手について行っただけだ」

「それに…お前が羽付き羽付きうるせーからよ? 俺もいつからか夢見ちまった」

「セミ助…」

「そんな顔すんじゃねーよ。夢は諦めるためにあるんじゃねーだろ?」

「セミ助? 何を!?」

「ここで二手に分かれようや。お前はこの岩を迂回していけ」

「セミ助! ちょっと待って! まさかキミは!?」

「ばっか! 誰が囮になんてなるかよ! 俺みたいなやつはミミ美おばさんのように格好良くなれない役って相場が決まってんだよ。大丈夫。俺も必ず地上を目指す。なるんだろ? 二匹一緒に羽付きによ!」

セミ太は見逃さなかった。

セミ助の震える手を。

これはセミ助が絞り出した勇気。

その勇気を無駄になんてできるはずがなかった。

「絶対! 絶対に空で会おうね」

セミ助は無理やりニヒルな表情を作ると、

「あたぼーよっ!!!」

格好良い江戸っ子言葉を吐き出し、セミ太の逆方向へと掘り進めていった。




まだか、まだかっ、まだかっ! まだなのかっ!?

だんだんと土が柔らかくなり進むスピード上がったこともあり、もう少しで地上に出そうな雰囲気を一人ぼっちになったセミ太は感じていた。

すると、

「っ!?」

急に土の感触がなくなり、爪がからぶった。

「こ、ここが」

初めて嗅ぐ、木々や葉の匂い。

「地上?」

夏の熱気を残した風が吹いていた。

「やった。出れた。これが地上。すごい。土を掘らなくとも進める」

セミ太は喜んだ。

掘らなくても進む身体。明らかに土の中よりも早く進むことができる。

その喜びはセミ太の歩みにまで伝染した。

「ふんっ? ふんっ?」

目の前に立ちはだかるはモグラとは比べものにならない怪物。

全身が毛に覆われ、口からは鋭利な歯が剥き出している。

セミ太が気付いた時にはすでに遅かった。

あれだけ注意されていたアスファルトの存在を忘れていた。

土の中から7年ぶりに解放され浮かれていたのだ。

今セミ太がいる場所こそまさにアスファルトの上であった。

もうダメだ! 食べられる! セミ助、ミミ美おばさん、ごめん!!

セミ太が覚悟を決めたその時、

「ゆい? どうした? なんか落ちてんのか? ってセミの幼虫やん!?

食べたらあかんよ! ここまで長年掛けて地上に出てきたんやから。

でもよく見つけてあげたね。このままじゃ誰かに踏まれてたかもね」

毛むくじゃらの怪物の横に、まさかの二本足で動くさらに大きな怪物が現れた。

「えっ!? えっ!?」

二本足の怪物はセミ太をそっと抱き、近くで生えていた木にしがみつかせた。

「セミさん。1週間思いっきり楽しんでな!」

二本足の怪物と、毛むくじゃらの怪物は去っていった。

「なんか危なかったけど、良かった。これがどうやら木っぽい。よし後は登るだけだ!」

セミ太はキッ!と木の天辺を睨んだ。





「はぁ、はぁ」

セミ太は背中にある違和感を感じていた。木にしがみつかせてもらった時からだ。

「なんだ? 背中が裂けるように痛くなってきた…」

ここまで来たのに。天辺までもう少しなのに。こんなところで終われないのに。

「いやだ。 僕は羽付きになるんだ。 最初は羽付きになって自由に飛び回りたいって一心だったけど、今は違うんだ。ミミ美おばさん。そしてセミ助との約束を果たすんだ!」

セミ太は背中の激痛で意識が朦朧となりながらも思考を止めなかった。

「セミ助。聞いてよ。さっき怪物が音を出していた。羽付きも良いけどさ。今の僕は怪物のような音を出したいよ。だって音が出せたらさ? キミの名を響かせられるだろ? そしたらさ? また一緒にさ?」

瞬間、セミ太の身体が発光した。

「これは!? この光は!?」

まるでセミ太の想いに応えるように身体が発光し、徐々に姿形を変えていく。

「は!? 羽!?」

セミ太の背中から薄い透明の羽が形作られていく。

「羽付き。伝説は本当だったんだ! うっ!? 眩しい!?」

セミ太が喜びに満ち溢れた時、世界を眩い光が包んだ。

「これが、明るいということ? そして、これが世界!?」

7年もの夜が明けた。

今ならなんでもできそうな気がする。

セミ太は大きく体を震わせた。

「セミ助―――――――――――――!!!!!!」

「ミミ美おばさーーーーーーーーーん!!!!!!」

凄まじい音が世界に響き渡る。

これならたとえ土の中、この世界のどこにいたって聞こえるだろう。

「僕はここにいるぞーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

朝。世界中でセミ達の歓喜の声が響き渡った。

おわり







後書き

こんにちは。二本足の怪物です。

夜。愛犬ゆいと散歩をしていると、ゆいがセミ太を発見しました。

物語通りのことをして、散歩道に現れる全ての木に「セミさんいるかなぁ?」とライトを当てていた私は、そう。変質者です。

尊敬する某有名アーティスト様は、セミがちくしょう!と鳴いていると表現しました。

アスファルトをひたむきに歩くセミの幼虫を見た時、私なりのセミの一生をトレースしてみました。

セミが鳴き始めると夏の到来を感じます。

社会人がセミの声を聴くと、涙をこぼすことがあります。

夏の暑い日、暗くなるまで遊んだ懐かしい情景がまぶたの裏をかすめるのでしょう。

この事実は私たちにとってとても大切なことだと思うのです。

どうか全ての命に生きる意味を。